10月27日(金) 十国峠
雨続きの10月、週末には再び台風が来そうな様子です。
つかの間の晴天に春のようにウラウラとした「石仏の道」。
振り返ると網代湾と城ケ崎。
また振り返りれば相模灘や伊豆の山々に初島、大島。
足元の花にも立ち止まり立ち止まりしながら、ユリユリと丁仏さまを追いながら登ります。
久しぶりに東光寺の閻魔様と奪衣婆様に仁義を切って、十国峠へ。
十国峠は、私にとって不思議な場所です。
小、中、高の出来事はほとんど何も思い出せないのに、修学旅行で訪れた十国峠からの景色は鮮明に残っています。
人の潜在意識の中にあるものが、無意識のうちに何かを選ばせるようなことがあるならば、私が熱海に住まいを落ち着けたのはここに原点があるのではないかと思えてなりません。
広大な濃尾平野の真中で育ったからでしょうか。
あの時「地の果ての突端」のように感じた十国峠は、わが家からは車なら10分余り。
まさかこんな近くに暮らすことになるとは思いもしないことでした。
数日前に初冠雪したばかりの富士山、ぐるりと見渡す山並み、駿河灘、相模灘の美しい事。
岩戸山まで足を延ばし、海を眺めつつ石仏の道を下りてきました。
私のホームグラウンドです。
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10月11日(水) 山中湖の富士山
富士五湖シリーズその3。
朝7時半。
富士山の絶景ビュースポットの一つ、山中湖パノラマ台はすでに満車状態。 と言うより、シャッターチャンスを待ちながら住みついているような人もいて、衣食住困らない装備の車がいっぱいです。
明神山へのカヤトの道を富士山と山中湖を背に登って行くのは私ただ一人です。
振り返る度に、装いを変える富士山と山中湖。
青い空に秋の雲。
消え残る月。
山中湖は地元の人が「勾玉湖」と呼ぶそうで、見る位置で勾玉のように見えます。
明神山到着。
ここがカヤトの山のてっぺんのようです。
先に到着されていた方と挨拶を交わし、結局、高指山までの往復ご一緒することとなりました。
山歩きの話をあれこれしながら、思いがけなく楽しい一日となりました。
下界では夏日が予想されている今日。
山の上は暑いながらも、木々はすでに色づき始めていました。
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10月2日(月) 田貫湖の富士山
朝焼けがきれいだとお天気は下り坂と言うとおりのお天気。 田貫湖はダイヤモンド富士の名所として有名ですが、富士山はいずこ・・・
靄の中、長者ケ岳から天子ケ岳へ。
見えるはずの富士山背景に半分やけ気味に同行二人をパチリ。
天子ケ岳から折り返してくるにしたがって、だんだん富士山が見え始めました。
靄ってはいるものの山頂付近から深い亀裂を刻む大沢崩れが見えます。(頂上から麓までⅤ字にうっすらと見える亀裂)
これが今日一番見たかったもの。
空気が澄んで雪を頂いた頃になれば、さらにくっきりと美しく間近に見えるはず。
遠くから見れば美しい大沢崩れは、年間10tトラック3万台にものぼる土砂が流出している一大崩落地で、このまま進めば富士山の姿も大きく変わるのではないかと危惧されています。
自然の驚異と美しさは裏腹です。
富士山と田貫湖: 逆さ富士、かさ雲の富士、大室山や長尾山などの側火山の連なり。どう見てもお見事。
子田貫湿原: 近くなので立ち寄りました。
古富士泥流の上を新富士の黒土層が覆っていて、水を通しにくいため湿原ができています。
これも富士山の賜物。
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9月26日(火) 石割山へ
富士五湖シリーズその2。
山中湖に美しき富士山。満足、満足。
山中湖の西岸を出発して、長池山、飯盛山、大平山、平尾山と尾根を追いながら石割山へ。
山中湖に向かって開けた山頂が多く、ススキの原の草原になっているところは明るい陽射しの下で秋の草花が豊でした。
平尾山から石割山へは少し急ですが、さほど苦も無く到着。
続々と私とは逆の方向、石割山の登山口から登って来た人たちがやって来ます。
相当にきつい登りだった様子で、一様に皆さん、「残念‥」と言うのが面白かったですね。 富士山は雲隠れです。
ロープを伝い、木の根に掴まりつつ石割神社まで下ります。見事な巨石を祀った神社。
石割神社からしばらく下った先にさらに403段の石段があり、下りた先がやっと入口の鳥居です。
私は多くの人と逆コース、尾根を辿りながら徐々に石割山まで来ましたが、石割山の登山口から登った人たちはさぞきつかったことと思います。
石の周りを三周すると願いが叶うという石の隙間は、リュックを背負ったままでは抜けられず、体を横にして何とか通過。
太めの人はちょっと無理かも。
お天気ならば、ずっと富士山が見える絶好のコースなのですが、今日は朝その姿を見たきり、その後はずっと姿を見せてくれず残り全敗でした。
富士山って、見えればもちろん撮りますが、見えなくても「そこにいるのは分かっているんだ」とでも言わんばかりに撮ってしまうのはどうしてでしょうか。
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9月20日(水)
三国峠から立山展望台
富士五湖の周りにも魅力的な山々がたくさんあります。
手始めの第一弾、三国峠から立山を歩いてきました。
初めての山域に少し緊張しつつ三国峠。
登山口に貼り紙。
落ち葉を踏む音や木の実の落ちる音、梢の先を渡る風や鹿の鳴き声を聞きながら静かに歩くのが私は好きです。
それもこれも伊豆にはツキノワグマが生息していないおかげ。
クマはやっぱり怖いのでクマ除けの鈴を付けました。
付けている本人さえ自分の鈴がうるさいので、クマもうるさくて逃げてほしい・・・
山中湖の南東側に位置する三国峠からヅナ峠、楢木山、大洞山、アザミ平、畑尾山、立山展望台へと続く尾根は広くてほぼ平坦で歩きやすく、ブナ、ヒコサンヒメシャラ、タンナサワフタギ、アブラチャン、ミズキ、ガマズミ、イボタノキ、ヤマボウシ・・・。
気持ちの良い森です。
ブナやヒメシャラはまだ若い木が多く、天城ほどの大木はないものの、残念ながら眺望は望めません。
アザミ平の富士山: いきなりドカンと登場した感じ。
あまりに近くて一瞬、富士山とは思えませんでした。
立山展望台: 富士山はさらに近く、先日登った宝永山の赤岩が見えます。
その下の方は二ツ塚でしょうか。 まだ雪はなく、登山道のジグザクまでよく見えました。 大きな富士山を独り占めしながらおにぎりをパクつき、三国峠へと折り返しました。
ヤマナシ?
先日の台風でたくさんの実が落ちていました。
はじめはアブラチャンの実かと思いましたが、よく見ればナシです。
齧ってみてもナシでした。
ヤマナシが多いので山梨県と言う名になった、というのは本当でしょうか。
サンショウバラの実: この地域の固有種、フォッサマグナ要素の植物。
自生種を見るのは極まれで、大きな実も初めて見ました。
写真がボケボケで残念!
9月11日(月)
カワゴ平
地図読み練習を兼ねてカワゴ平へ。
水生地の少し上から八丁池まで、ほぼ真直ぐに続く尾根に乗ります。
杉の植林地を抜け、ブナとヒメシャラの気持ちの良い尾根をひたすら登って八丁池に9時前到着。
早くもお腹がペコペコでお昼(朝?)ご飯となりました。
八丁池はきれいに晴れていたのに、天城縦走路に入ると一気に靄ってきました。
戸塚峠からカワゴ平の火口に降りて行きます。
いつもと変わらず鹿の甲高い鳴き声だけが響く静かで不思議な空間。
ゴロゴロ転がる岩はふっくら苔生していて、木々も岩を抱き込んで成長しています。
帰路は、戸塚峠から白田山を通って白田峠に合流する尾根伝いを歩いてみました。
ちょうどカワゴ平の火口縁を歩く形で、初めて火口を上から見ました。
写真では樹々の向こうに山の斜面が見えているように感じますが、見下ろした火口の底が広大でずっと先まで続いているので斜面のように感じます。
東西1㎞ほど。 先週行った宝永山第一火口が1.3㎞に匹敵する大きさです。
4回目のカワゴ平。 何度来てもいいわ・・・と、戸塚峠で出会った女性も言っていました。
ブナの実 :こんなにギッシリと実の付くことは珍しいです。 友人はブナの実は美味しいと言う・・・・どうやって食べるのかな。
ツチアケビ: 何度か見たことがありますが、唐突に奇妙な実が地面に刺さっている感じ。
ラン科の腐生植物です。 花を一度は見てみたいです。
9月4日( 月) 宝永山
第一火口縁: 第一火口を見下ろし、弧を描いて下降して再び登った先に山頂が見えます。
第一火口: 火口縁から宝永山最大の第一火口の底に降りて行きます。
見上げると、火口上部に背びれのような岩脈群が列をなしているのが見えます。
南東から北西方向に伊豆半島が本州を押しているためにできた地下の割れ目から吹き上がったマグマが、そのままの形で固まってできたものです。
一番見たかったものの一つです。
古富士赤岩: 富士山の土台を作った古い地層が宝永山の噴火で押し上げられたと言われているのが赤岩です。
昨年は双子山から臨みましたが、今日は目の前。
メリメリと音がしそうな迫力です。
宝永山山頂: 2693m。
私の最高峰です。
残念ながら着いた途端、一面靄って視界ゼロ。山頂から大室山が見たいと言っていた友人の望みも持ち越しとなりました。
第二火口縁: 奥に第一火口、手前に第二火口が同時に見渡せます。
弧を描く火口縁の美しいこと。
厳しい環境の砂礫地を這うようにたくましく育つ植物たち。
初めての標高で初めて目にするものばかりです。
森林限界付近のカラマツは一方にたなびいたような樹形をしていて、風の強さが目に見えるようです。
水ケ塚まで自然休養林を抜けて一気に下っていた途中、なんとマツタケ探しのご夫婦と遭遇。
10mくらいはマツタケの匂いがするそうで、われらも俄然その気になってクンクンしながら歩きましたが、そんなに甘くはないですね。
今年はイグチもまだ時期が早いようでした。
富士山最大の側火山、宝永山が噴火したのは1707年。
地球の歴史から見れば、ほんの数秒前に起きたような出来事で、3つの火口はまだまだ荒々しく生々しいながらも、美しく壮大で雄大でした。
昨年は来れなかった宝永山。
やっと来れました。
また来年も行きましょう。